タイタニック号にまつわるお話

テディベアの広場

タイタニック号から帰還したテディベア 

                              
スポンサードリンク
 

 
     タイタニック号にまつわるテディベア

 
 
  
少し前に映画が大ヒットし、よく知られている悲劇の豪華客船
  タイタニック号とテディベアのお話です。
 
  ひとつめのタイタニック号のエピソードは、
  ダグラス少年のテディベアの「ポーラー」のお話です。
 
  ダグラスは両親とともに乗船していました。
  両親はアメリカの貴族で、旅行好きでした。
  その時、ダグラスは6歳。
  いつもポーラーを抱いていて、
  良き話し相手だったのです。
 
  出港して5日目の夜、
  タイタニック号が氷山にぶつかり、
  沈没し始めています。
 
  ダグラスはポーラーをしっかり
  抱きながら両親とともに甲板へ
  行きました。
 
  運良く救命ボートに乗せてもらいました。
  ダグラスは小さかったし、疲れていたのでボートの上で母親の腕の中で
  眠りました。
  ポーラーを抱きながら。
 
  救助にきたカルパチア号が到着し、いざ船に乗り移る時に
  大切なポーラーをボートの上に落としてしまったのでした。
 
  離れ離れになってしまったポーラーを思いダグラスは
  すっかり元気をなくしてしまいます。
 
  ところが、ポーラーとダグラスを良く知っているタイタニック号の人が、
  ポーラーを拾い上げて、ダグラスに届けてくれました。
 
  その後は大事にいつもそばにいたはずですが、
  ダグラス少年にまたも悲劇が起こりました。
 
  タイタニック号の事故の3年後、
  ダグラスは自動車の交通事故で亡くなりました。
  まだ、9歳でした。
 
  ダグラスが亡くなってから、ダグラスの父親はプールで水死し、
  母親も後を追うように亡くなりました。
 
  ダグラス少年が大切にしていたポーラーは、
  シュタイフ社製の白くまのぬいぐるみで、65センチメートルと
  かなり大ぶりなテディベアです。
  1909年に初めて製造されています。
 
  同じデザインのものが飛騨高山のテディベア・エコビレッジに
  展示されています。
 
 
  もうひとつのお話は、タイタニック号沈没の際に
  持ち主は残念ながら犠牲者になってしまったテディベアです。
 
  船の配膳係だったガスペラ・ガティ氏は乗船の際、
  小さなテディベアを持ってきました。
 
  テディベアのご主人は残念な事に
  事故の犠牲になってしまいましたが、船から回収された
  数少ない遺品のなかにこのベアがいました。
  それもほとんど無傷のままだったのです。
 
  彼の名前をもらいガティと呼ばれました。
 
  のちの第二次世界大戦のあの激しかったロンドン空襲の際にも、
  間一髪、難を逃れることが出来ました。
  本当に強運を持ったベアですね。
 
  ガティの身長は15センチメートルです。
  小さな体ゆえ、助かったともいえるのでしょうか。
 
       menu
 
  テディベアの広場〜TOP
  
  テディベアの名前の由来
  テディベアの誕生〜アメリカ
  テディベアの誕生〜ドイツ
  テディベアのはじまり〜イギリス
  テディベアのはじまり〜他の国
  エピソード
    〜世界旅行したテディベア

  エピソード
    〜戦争を経験したテディベア

  エピソード
    〜タイタニック号から帰還した
      テディベア

  テディベアによる癒しの効果
  テディベアのお手入れ
 
 
  ハンドメイド
    〜パッチワークキル

  ハンドメイド
    〜トールペインティング

  ハンドメイド
    〜ビーズアクセサリー

  ハンドメイド
    〜クリスマスの飾り

 
 
  プロフィール
 

 
  
   リンクについて

 
   相互リンク募集中♪
 
   スポンサードリンク
   
Copyright (C) テディベアの広場 All Rights Reserved